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Review Article に奮闘する-20Sept18

  • 松嶋範男
  • 2018/09/20 (Thu) 23:11:15
「統合失調症_24July2018」において、“Protein and Peptide Letters から特別号に総説を書かないかとinvite してくれていました。現在、この雑誌の編集委員をしていますが、編集委員は論文をだれでも無料で閲覧できるオープンアクセス(open access)の投稿料金を半額してくれることでした。締め切りは9月末日です。そこで、統合失調症などの種々の病気の発症に関わるロイシンリッチリピートの突然変異についての総説をものにしようと決心しました。総説原稿を書き始めてから、すでに4カ月以上経ました。次々と新しい研究結果が報告され、整理しなおす事態になっています。やっと、この雑誌の書式に合うよう総説の構成を改めました。まだまだ、時間がかかります。来年は、この総説をもって海外の学会に発表できればと夢みています。”と記した。

それから、2カ月ほどになる。まもなく締切りである。学習塾や数学サロンをやりながら、中学同期会にも参加しながら、Review Articleを書き進めてきた。それまでの原稿はあまりにも不十分であることに気づき、総説の構成を大幅に改めた。それに基づいた原稿が、やっと1週間前に完成した。喫茶店などで2回ほど、解析データ、英文も徹底的にチエックした。その過程でかなりの誤りを訂正し、Kretsinger先生にみてもらうレベルに達したと判断した。そこで、先生が避暑先のノルウエーから帰国したので、総説原稿を送ってチエックしてもらった。送ってから2日後に戻ってきました。この2日間、彼はその添削にハードな時間を過ごしたと思われる。回りくどい英文や記号の使い方は簡潔でスッキリした英文と記号に修正されてきました。不明な内容も指摘されました。タイトルも改めるよう提案されました。その修正箇所を一つ一つ確認し、指摘された不明な内容を改め、さらに気づいた誤りも修正しました。私もこの確認に2日間かかりました。原稿は本文だけで50ページ、引用文献は389です。これほどの大作の総説はしばらくぶりです。疲れました。先生は81歳になりますが、頭脳は依然、明晰です。Excellent Workと評価してくれ、何歳になってもほめてくれるのはうれしいものです。疲れましたが、心地よい疲れです。ゴールまであと一歩です。

“楽疲れ”はよくない-17Sept18

  • 松嶋範男
  • 2018/09/17 (Mon) 08:48:55
昨日16日は父の命日でお坊さんが、お経をあげにきた。父の言葉に“楽疲れ”がある。これは父独特の造語である。いろいろな意味に使われる。肉体的にも精神的にも汗を流さない生活をすると、肉体的にも精神的の病んでしまうと解釈される。父は98歳でなくなったが、毎日朝5時には起床し畑や庭などの家の周りの手入れをして過ごしていた。やることがなくなると冬には他の家の除雪をしていた。私は散歩を心がけているが毎日できない。週に4回はしたいと思っている。運動がよいとはわかっているができない。どうしてであろうか。人間の性であろうか。

ダニエル・E・リーバーマン著「人体600万年史―科学が明かす進化・健康・疾病」(ハヤカワ文庫)があと少しで読み終わる。我々人類は長い間狩猟採集生活をしてきた。農耕生活は約1万年前から始まったにすぎない。そして、多くの現代人は、過剰なカロリーの取りすぎと運動不足により、2型糖尿病、心臓疾患死などの慢性病におかされている。骨粗鬆症、アレルギー疾患、アルツハイマー病なども同様である。これは進化の当然の帰結であることが記載されている。これらの病を避けるには運動と食事の改善である。私はこれに社会的活動を加えたい。どうしたらよいであろうか。

ありがたい、うれしい

  • ROSINANTE
  • 2018/09/15 (Sat) 13:34:11
妻の納骨を済ませたばかりの故郷の墓が今回の地震で
ズレてしまった。その事実が友人の伝言から伝言で私に届いた。
震度4クラスの余震があれば、倒壊はまぬかれない。
墓石業者には、現認の上で依頼が済んでいるのだが、
超多忙らしく、うちの墓に回ってくるのは少し先になりそうで
不安が募る。昨日もう一度見に行ったところ、花瓶に花を
手向けてくれてあった。花瓶も持ってきてくれたのだ。
墓前で、ウルウルしちまった。友の情けに落涙す。
あの博士は、わざわざ出向いて様子を見に行ってくれたのだ。
墓苑への坂道で偶然に会ったのだが、「縁」を感ぜざるを得ない。
一年間一緒に過ごした妻の遺骨は、いつまでも成仏できぬかもしれないと思い、断腸の思いで墓に納めたのだった。
ちと寂しくはあるな。いや、かなりであるな。

うれしい悲鳴8月29日

  • 松嶋範男
  • 2018/08/29 (Wed) 23:01:44
恵庭市と札幌市清田区で大人のための算数・数学教室を開いていますが、恵庭の数学教室は聴講生が増えたため、開催場所を2か所にして月2回してくれないかと、世話人の方から要望されました。さらに、今日、自宅の学習塾にも新たに小学5年生が通いたいとの希望がありました。どうするか考えなければなりません。いずれにしても嬉しい悲鳴です。現在、9月末日閉めきりの論文が佳境に入り、これに全力投球しています。でも実際は、27日から29日まで二泊三日で中学同期会があり大いに飲みおしゃべりしてきました。疲れましたがスッキリ。

マイナスの数に悩む23Aug2018

  • 松嶋範男
  • 2018/08/23 (Thu) 15:29:04
-3+5は5-3に等しい。どちらも計算結果は同じ2になります。どうしてでしょうか。中学1年生の数学の教科書にこのマイナスの数の計算が出てきます。現在教えている中学1年生は、最初にマイナスの数が出てくる計算にどうしてもなじめない。いつも間違ってしまます。いろいろ質問してみるのですが、ダマリ戦術でやられてしまいます。週2回すでに1カ月が経ちます。

この計算はまず、…-5、-4、-3、-2、-2、0、1,2,3,4,5…の点を、数直線上に表します。-3 + 5 ですから、数直線上の-3の点から出発して、プラスの数+5ですので、右側にひとつずつ5歩あゆみます。すると+2の点に到達します。それでは、-2-3はどうでしょうか。数直線上のー2の点から出発して、マイナスの数-3ですから左側にひとつずつ3つ歩みます。すると、-5の点に到達します。すなわち、-2-3=-5となります。このことを何度も何度も繰り返しました。しかしながら、この考えを受け入れないのです。再びもとの木阿弥となります。

なぜなのでしょう。私の想像ですが、彼女は自分の世界にマイナスの数を認めることができないのです。哲学者ニーチエいわく、ものごとは論理的な理解の前に感性が必要であると。一歩離れてみれば、とても興味ある事象です。しばらく、彼女との格闘が続くでしょう。

割り算の世界21Aug2018

  • 松嶋範男
  • 2018/08/21 (Tue) 08:56:49
我が家の2階で学習塾をはじめてから2カ月余り経る。一人の女子中学1年生と二人の小学6年生の男の子である。女子中学生は月曜日と水曜日の午後7時から、小学6年生は火曜日と木曜日の午後4時から1時間半教えている。1回ワンコイン。集中できる時間は精々30分、これが限界である。小学生にとって割り算と分数を正しく理解することが、とても難しいことを知る。これを克服すると小学生の算数は卒業したといってよいだろう。この分数と割り算の正確な意味を、頭の中にすりこませることが課題である。折り紙、図形、練習問題など手を変え品を変え奮闘している。資料を次に公開します。如何でしょうか。脳トレになるでしょうか。大人の数学教室でも“割り算の意味”としてお話しました。

〇割り算の2つの意味
(1)わり算は同じずつ分けられるところまで分ける計算です。
 そしてわり算の式は
「全体の数÷いくつ分=1あたりの数」 で表します。
キャラメルが12個あります。子どもは4人います。ケンカにならないように同じ数ずつ分けます。1つずつ配っていくと1人あたり3こもらえます。これが 「1あたりの数」を求めるわり算です。

問題  面積が16の正方形を4つに等しく分けました(4等分)。一つの面積はいくらでしょうか。

(2)わり算は「いくつ分」を求める計算でもあります。全体の数と1あたりの数も分かっているとき、いくつ分を求めるためにはわり算をします。
 そして、「いくつ分」を求めるわり算の式は
「全体の数÷1あたりの数=いくつ分」 という式で表します。
12このキャラメルを一人に4こずつあげます。何人の子にあげられますか?3人ですね。

問題 面積1の正方形を1/4ずつに分けます。正方形1の面積は
1/4が何個分になりますか。

*わり算と分数はつながっている.

四暗刻

  • 松嶋範男
  • 2018/08/13 (Mon) 21:42:13
先週は月曜日に続き土曜日にも札幌にでかける。定例のおふくろ麻雀会である。8人集合。「夢道場」で午後1時か5時半まで半チャン4回。このときはじめて、親で役満の四暗刻をつもる。ここ3年間で我ながら麻雀は上達している。しかしながら、依然点数を数えることができない。終了後に酒場にでかける。ツキはこれまで。これから注意せよと、仲間に散々脅される。でもなんといわれても気にしない。とにかくはじめて役満をあがったのですから。札幌発午後9時の最終バスで帰宅。

普通列車乗車(幌別―冨浦―登別)

  • 松嶋範男
  • 2018/08/13 (Mon) 21:27:23
先週の月曜日バスで札幌にでかける。札幌駅で降車し、高架下の散歩道を桑園駅まで歩く。伊藤組の屋敷を横に眺めながら、日を遮る鬱蒼とした木々そしてやがて白樺の並木道と、街中でありながら閑静な散歩道である。私のお気に入りのコースである。15分ほどして桑園駅に離接した札幌市立看護大を訪問する。市立大の教員をしている教え子に会うためである。札医大の元同僚と3人で暫くぶりに昼食をする。教え子と元同僚は女性である。近くのレストランで近況を報告しながら千円なりの昼食をとる。3時間ほどもおしゃべりし、食後のコーヒーを頼むのも忘れてしまう。3分の2は私がおしゃべり。顎が疲れる。

そのあと、北大の博物館にでかける。午後4時半からNMRによるタンパク質の溶液構造についての、カナダ・カリガリ大学教授による講演会に出席した。講演の内容はそれほど目新しいものではなかったが、学術的な雰囲気はよいものである。精神的な高揚感がわく。ここまでは予定通り、順調である。

そして午後6時半発のバスに乗る。ここからが事件発生。このバスは工業大学経由室蘭大谷高校前行であった。このバスは予想に反して登別東で高速道路を降りないで、そのまま高速道路を幌別に向かっていくではないか。こんなバス路線があるとはじめて知る。すぐに、バスの運転手に事情を話すと、よい方法はない、次の停留所で降りてタクシーで帰ってはと。ついでに、運転手さんはこの緑町2丁目の停留所でおりると、この道路は幌別中央町につながっていると教えてくれた。そこで、教えらたように30分歩くと中央町の街並みが見えJR幌別駅に午後8時半到着。ひょっとした普通列車があるかもしれないと思い、時刻表は見ると、なんと8時37分発の札幌行きの普通列車があるのです。これはまさしく不幸中の幸い。夜幌別駅は無人駅。電車はワンマカーである。この路線の普通列車に乗るのは50数年ぶりである。高校時代毎日利用した路線である。とても懐かしい。気分は上々。内田百閒著の「阿房列車」を思い出す。特別の目的もないのに、東京―大阪間を往復する旅のお話しである。絶妙な感性で書き連ねた文章はいつの間にか笑いがこみ上げる名分である。やがて、冨浦駅にとまり登別駅に8時50分頃到着。9時に帰宅に。姉が用意していてくれた夕食をいただく。この日歩いた時間は1時間20分。運動として十分。今日も充実した1日であったと、自我持参。しかしながら、二日後に疲れがでてしまい朝食後2時間睡眠。

ラジオ体操_02August2018

  • 松嶋範男
  • 2018/08/02 (Thu) 22:11:14
小学校が夏休みに入り、我が登別東町丁目町内会は行事として、朝のラジオ体操を行っている。7月26日から8月9日までの15日間である。朝の6時半開始である。目覚ましをかけ6時起床。3, 4回は起床がつらかった。しかしながら、今日は調子よく目覚め、子供に5回目の確認の判子を押してもらう(1回お休み)。また、参加賞として表紙の裏にラジオ体操の歌詞が印刷されているノートブックを遠慮なくいただく。参加者は40から50名ほどであるが、子供よりシニアおよび老人が圧倒的に多い。少子化時代の反映なのであろうか。

1日の大半をコンピュータに向かい論文を書き進めた。まだまだ、膨大な時間がかかりそう。また、午後4時から1時間半、我が家の2階で二人の塾生に付き合う。夏休の宿題をする。そのためか、夕食後一気に疲れがでてしまい、1時間ほど寝てしまう。でも、今日は充実した1日であったように思う。明日は散歩をしよう。

麻雀_29July2018

  • 松嶋範男
  • 2018/07/29 (Sun) 17:00:27
大学4年生のき、私の社会性のなさを心配して、友人が連れて行ってくれた居酒屋“おふくろ”がありました。最初は8斥の銚子一杯にも酔ってしまいました。それ以来50年も経てしまいました。“おふくろ”の主人、沼田さんは十数年前に鬼籍に入りました。しかしながら、 “おふくろ”の常連があつまり、“おふくろ会”を毎年開催しています。

私が大学を定年退官する数年前から、常連のNさんを誘い二人でススキノのカラオケバーや居酒屋に繰り出しました。当時私は管理職につきストレスの多い日が続いていました。そのストレス解消のためです。Nさんはニコンにつとめ営業一筋に、最後はニコンの子会社の社長をつとめた人です。私とは比べ物にならないほど配慮の行き届いた優しい年上の友人です。現役時代は、お酒をとても愛し、1週間に3日から4日は“おふくろ”に通っていました。それに反し、私は常連とはいえず年に数回“おふくろの暖簾を開けるだけです。ですから、当時、“おふくろ”では数回目にし、また、ニコンの顕微鏡販売について大学で2回ほどお会いしただけです。ところが、“おふくろ会”に参加してから、沼田さんの思い出話しを繰り返すうちにとても親しくなりました。そのようなわけで、奥さんのなくなったNさんとツルムようになりました。

退職後もツルミみたいのですが年金生活ではいつもというわきにはいきません。どうしたよいだろうか。Nさんはとても麻雀が強いことを思い出しました。“おふくろ会”の常連や教え子に声をかけ、都合の良い日を選び月2回ほどのペースでほそぼそはじめました。最初、私が幹事をしていましたが現在ではNさんに幹事をしてもらっています。“おふくろ麻雀会”は、この7月で4年目を迎えています。

昨夜は8人集まり麻雀終了後、居酒屋“満とり”で怪気炎をあげました。お店のビールのほかに、持ち込んだワイン、老酒などのアルコールもしたたかに飲んでしまいました。今週、木曜日は用事で札幌を車で日帰り、金曜日は7時24分の急行すずらんででかけ、午前(恵庭)、午後(札幌清田)と2か所で数学教室、その日は北広島の友人宅で一泊、次の日の土曜日は、午後1時から6時半まで麻雀、そして9時半まで酒宴。札幌午後10時発の最終列車で登別へ。登別駅を降りてから徒歩で帰宅しましたが、意識を失う寸前、危ない状態。次の日の朝食後、9時から12時半まで熟睡。古希を迎えた当方にとって3連チャンは、ちょっと無茶でした。深く反省。